オーディオ・リンガル・メソッドとコミュニカティブ・アプローチについて

オーディオ・リンガル・メソッドのまとめ 

第二次大戦後、米国が諸外国から多くの留学生を受け入れるにあたって、「使える英語」「通じる英語」を目標とした教授法が求められるようになった。文法訳読法の音声を無視した教授法ではこの場合用をなさないため、アメリカ、ミシガン大学のフリーズらが中心となって開発したのがオーディオ・リンガル・メソッドである。(ミシガン・メソッド、オーラル・アプローチとも呼ばれる)

 言語の構造を重視するアメリカ構造言語学が、スキナーに代表される行動心理学の影響を受け、理論的基礎となっており、その主張は次の通り。

1.        言語学習は、機械的練習による習慣形成であり、過剰な練習こそ自動的反射的な主観を形成し得る。

2.        音声言語の学習を優先させ、文字教育は副次的とし口頭練習を重視する。

3.        言語教育とは、言語を教えるのであり、言語について教えるのではない。文法文型等は、様々な場面における例やドリルを通し把握させる。

4.        母国語話者が話す言語に忠実であること。すなわち、最初の段階からナチュラル・スピードで、しかも正確な発話を要求する。

5.        目標言語と学習者の母語との対照研究により、学習者の困難点を予測し参考とする。

 具体的には、その課のポイントとなる構造が組み込まれた対話文と、その重要構造に焦点を当てたドリルが教室活動の中心となる。まず、対話文を使った授業は、モデル音を模倣、反復し、そして暗記(ミミクリー・メモライゼーション)することが求められ、この対話文の完全な暗記の後、ドリルを使った文型練習(パターン・プラクティス)が行われる。かなり徹底的に言語構造の正確さ、流暢さがチェックされる。

―以上、『日本語教授法ワークショップ』pp.1819より引用

 パターン・プラクティスに関しては、その頃ちょうど日本の学校に導入され始めたテープレコーダーを利用した学習施設(ランゲージ・ラボラトリー)が適していたため授業として広く行われるようになったという背景もある。教育機器の開発が授業に好影響を及ぼすという例である。

―以上、『          』p.133より

 実際には次のように行う。

 例えば教え手は、学習者に食事中の絵を示して、

「松本さんは浦和で友人と食事をしました」という。

学習者がそれを繰り返した後で、教え手は、次の文を作るための合図(キュー、例えば「横浜」)を言う。

学習者はそのキューを聞き、

「松本さんは横浜で友人と食事をしました」という文を作る。

もしここで学習者が間違った文を作ったら、教え手はすぐに正しい答えを出す。(この行為は、スキナーの考え方で言うと、間違った答えが「習慣」になる前の「強化」に相当する。)

―以上、『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』p.199より

 オーディオ・リンガル・メソッドも、ドリルが単調であることや実際の応用が効かないことをはじめ、さまざまな批判を受けるようになった。にもかかわらずオーディオ・リンガル・メソッドが文法訳読法に代わり、長くアメリカの高等教育に居座ったのには理由がある。

 一つにはオーディオ・リンガル・メソッドに代わる教授法が全国的には採用されなかったこと、そしてもう一つには日本でも著名なドナルド・キーン、エドワード・サイデンステッカーといったアメリカの日本研究者たちの多くが、これに近い方法で日本語をマスターしたことが挙げられる。

―以上、『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』p.200より

 

        外国語学習観:外国語の学習は習慣の形成として学習されるべき

        実践例:教師の合図を聞き、文を作って口にするドリル

        採用している現場の例:世界のかなり多くの教育機関

        学習者の例:例えば音声教材を用いた独習者

―以上、『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』p.207より

コミュニカティブ・アプローチのまとめ 

 コミュニカティブ・ランゲージ・ティーチングとも呼ばれる。言語の運用能力の養成を目的とする言語教育の総称。1970年代のヨーロッパにおいてコミュニカティブ・アプローチが出現した背景には、当時移民や外国人労働者が急増し、職場や生活の場ですぐに役立つ言語教育が早急に必要になったことと、それまで主流であった構造主義的アプローチをとる言語教育や認知学理論では、実際のその言語をいつどこでどのように使うかという言語の運用能力の養成に関して、思うような効果が上がらないという不満などがあった。

 特徴は、その言語観と言語教育の方法にある。学習者が目標とするのは、文法と語彙を組み合わせて正しい文を作り出す能力だけではなく、具体的なコンテクスト(前後の文脈・状況・場面・人間関係・社会的文化的背景)の中で、適切で有意義なコミュニケーションを行うことのできる能力を身につけることであり、運用能力は目標言語を使って実際にコミュニケーションを行う過程を通じて習得されると考えられている。

 もう一つの特徴は、言語教育の中心に学習者を置いたことである。学習者のニーズに合わせたシラバス・コースデザイン、学習者の動機・興味や関心に対する配慮など、教師を中心とした授業から学習者を中心とした授業への転換が志向されている。

 コミュニカティブ・アプローチの重要な原則は、言語の形式ではなく、メッセージに焦点をおくことである。メッセージを重視するというのは、1)言語形式の正確さや発音の正確さよりも、自分の伝えたいことを相手に伝え、相手の言わんとすることを理解することを優先するということと、2)特定のコンテクストにおいて、適切な言語使用を行う能力を身につけることである。1)は言語の機能、2)は適切性の概念と深くかかわっている。(適切性というのは、ある言語表現が、その言語が使われる社会において社会的・文化的に適切かどうかということである。)

 コミュニカティブ・アプローチでは、伝達能力を養成するために、教室活動における伝達過程を重視し、教室活動を実際のコミュニケーションの伝達過程に近づけるように工夫されている。コミュニカティブな教室活動の伝達過程に含まれるべき重要な要素として、インフォメーション・ギャップ、選択権、フィード・バックの3つがあげられる。

 実際のコミュニケーションでは、話し手と聞き手の間には大量の情報量の差が存在する。この情報量の差をインフォメーション・ギャップという。コミュニケーションの目的の一つは、情報量の差を埋めることにある。選択権に関しては、教師が言語学習上必要であると考える項目を学習者に提供するという従来の方法だけでなく、話し手が何を言うか、どのように言うかを自分自身で選択する権利を尊重することが大切である。フィード・バックは相手が会話の中でどのように返事を返してくるかということ。それによって次に何を言うべきか、何をすべきかを瞬時に決定していかなくてはならない。

 教室活動の種類には、タスク、ロールプレイ、シミュレーション、ゲーム、ディスカッション、プロジェクト、ワークなどがよく知られている。

 タスクとは、仕事、課題、の意味で、実際に行われているコミュニケーションの実態に近づけた教室活動を設定し、その課題を達成するためにその言語を使用する過程を通して言語を学習するものである。

 ロールプレイというのは、与えられた情況の下で、ある人物の立場に立って、どのようなやり取りをするかを学習者が自分で考えながら課題を解決する会話学習のことである。

―以上、『日本語教授法ワークショップ』pp.240~256より引用

 

        外国語学習観:外国語は文脈のあるコミュニケーション手段として学習されるべき

        実践例:ロールプレイ、ペアワークなど多彩な教室活動

        採用している現場の例:オーストラリアの中学、高校

        学習者の例:例えば「観光日本語」を学ぶ高校生

―以上、『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』p.207より

■参考文献

日本語教授法ワークショップ1996年5月20日
 著者:鎌田修/川口義一/鈴木睦
 発行:凡人社

『もしも・・・あなたが外国人に「日本語を教える」としたら』2004年5月20日
 著者:荒川洋平
 発行:スリーエーネットワーク